大田区整体,久が原

院長プロフィール

石山裕記
福島県会津若松市出身 

5歳のころ父親に会津の湖に
連れて行かれ
「人は泳げるものだ!」
水中に散々投げられて以来、足の
つかない所では恐怖感をもつが、

プールは足がつくため水泳を始め小学校ではバタフライの選手となる。

中学も水泳をやるが夏しか活動せず冬は家でふらふらしていたため父に腰抜けと叱られ、極真空手に入門し武道について手ほどきを受ける。  

そこの極真会は、子供はほとんどおらず
大人と組み手をやらされぼこぼこにされ
世の中の理不尽さを知る。

 
しかし、大人と練習していたため
審査では飛び級し、中学1年生のとき中学生の部、福島県大会4位となる。

だが、殴り合いは嫌いだったため、中学卒業と同時にやめる事になる。
 
高校では一転変わって音楽部に入りバンドで、ギターやトランペットなどを演奏する。部長となったためオーバーヒート気味の部員の責任をとり職員室に何度も呼び出される。
 
大学合格後進学には全く興味がなかったため、親の反対を振り切り友人が拾ってきた求人広告紙に載っていた東京のゴルフ練習場に入り練習していく中で
プロゴルファーを目指したいと思うようになり、埼玉の某ゴルフ場を紹介してもらう。
練習生として入り、
月給9万円の極貧生活をおくる。

 
毎日5時起きで、
6時から午前中キャディーやコース管理をし午後1時から夜11時まで練習するが

独自の間違った練習法から肩を壊し断念せざるを得なくなる。
一度田舎に帰り、3ヵ月後・・・

21歳・・住むところも決めず6万円を手に再度上京するが、何をしていいかわからず友人の家を転々とし、さまざまな日雇いアルバイトを行う中で何かが違うのではと思い悩む。

肩を怪我して悩んだことからそんな人々に自分が何かできることはないかと当時流行りだした整体の道に進む。

整体の学校に通いながら現場で働きマッサージにのめりこむ。
 
有名な整体の先生の所で給料なしで働くが、指名客がついてきた半年後に蓄えが底をつく。先生にその事を話したところ クビ となる。
 
だが、覚えたことは多く整体学校で応用実技のインストラクターに抜擢される。
さらに専門家への道に進みたく、柔道整復師の専門学校に入学。

先生しながら学生として・・・

夕方から学校に行き、夜は整体院で一晩中働き昼過ぎに整体学校に教えに行くという平均睡眠時間4時間で何とか3年間を乗りきる。
  
国家資格取得後、整形外科や整骨院などさまざまな医療機関で経験を深めるなかで治療に対してだんだん疑問を抱くようになり
 
雇われていては自分の思った事はできないと思い開業を決意する。
 
2008年 10月
リーマンショックの真っ只中 

久が原整骨院を開院する。