
こんにちは。東京都大田区久が原整体院、院長の石山裕記です。
このページでは、私がどのような経験を経て整体の道に進み、なぜ身体全体のバランスを大切にする施術を行うようになったのかをお話しします。
プロゴルファーを目指した若い頃の挫折、整体の仕事を始めてからの苦悩、そして亡き母や恩師、患者様から教えていただいたこと。今の私につながる歩みを、できるだけそのままお伝えしたいと思います。
整体への思い|苦悩と挫折から学んだこと
亡き師匠の言葉
「バカヤロウ!!!お前のためにお前があるんじゃねぇ。これから出会う患者のためにお前があるんだ!!」
あなたの身体がつらいとき、頼りになる人はいますか?
痛みがあっても、仕事や家事を頑張り続けなければならない。そんな毎日を送っている方もいらっしゃると思います。
私が目指しているのは、つらさを抱えたまま無理を続けることではなく、あなたが本来の生活を取り戻すためのお手伝いをすることです。
初めまして。大田区久が原整体院、院長の石山です。これまでの施術経験を通じて、病院などで相談しても悩みが続いている方を含め、さまざまな身体の不調と向き合ってきました。
痛いところだけを見ていてよいのだろうか?
肩がこるから肩だけを施術する。腰が痛いから腰を牽引したり、ストレッチをしたりする。膝が痛いから電気を当てて温める。
こうした方法を受けていても、悩みが繰り返される方がいらっしゃいます。私は、痛みのある場所だけでなく、身体全体の状態にも目を向ける必要があるのではないかと考えるようになりました。
当院では、骨盤と背骨を中心に、身体全体のバランスや関節の動きを確認することを大切にしています。
- 骨盤のバランスを調整したことで、肩こりに変化が見られたケース
- 腰まわりのバランスを確認し、足のしびれに変化が見られたケース
- 背骨の状態を確認し、頭痛に変化が見られたケース
こうした経験を重ねるなかで、痛みがある場所だけを施術するのではなく、身体全体のつながりを考えることが大切だと実感してきました。
苦悩の20代|プロゴルファーの夢と挫折
若い頃、私はプロゴルファーを目指していました。しかし、肩を痛めたことで、その夢を断念せざるを得なくなりました。
何をすればよいのかわからず、仕事を転々とする日々。肩を壊した経験があったからこそ、身体の痛みで悩む人の力になれないだろうかと考え、21歳から整体の道に入りました。
当時は、とにかく施術の技術を身につけようと必死でした。現場では指名数が1位、2位を争うほどになり、「これで何でも治せるようになるぞ」と思っていた時期もありました。
ところが、現実は違いました。
施術を受けた直後には楽になっても、長期的には変化が続かない患者様がいました。なかには、施術を重ねても状態がよくならない方もいました。
ある日、患者様からこう言われました。
「マッサージしてもその時だけだよね~~」
私は考えました。もっと長い時間施術すればよいのだろうか。しかし、時間を延ばしても結果は同じでした。次第に、体力勝負や我慢比べのような施術になってしまったのです。
「マッサージでは、根本的な解決につながらないこともあるのではないか」
その疑問を抱えるようになってから、仕事への意欲も落ち、指名数も減り、ついには仕事を失いました。
患者様の言葉が、私を支えてくれた
突破口を見つけようと職場を変えても、同じ施術を繰り返す現場が多くありました。
周囲からは「年齢を重ねれば、みんな悪くなるものだよ」といった言葉も聞こえてきました。しかし、痛みで苦しんでいる患者様や、私に期待してくださる患者様を前に、同じ言葉で片づけることはできませんでした。
「先生、あたし先生のファンだから頑張って」
そんな言葉が、私の心を支えてくれました。
それでも、どうすればよいのかわからない。貯金も底をつき、家族からの援助も頼れず、結婚を考えていた彼女とも別れることになりました。すべてがどん底だった24歳の冬です。
そんな状況でも、遠くから私を追いかけて来てくださる患者様がいました。
私は、ある患者様に正直な気持ちを打ち明けました。
私:「すいません。今の私では、これ以上の改善をさせてあげることはできません。」
患者様:「私の長年の頭痛は先生の治療で良くなったんです。それに先生、『今の私』って言ってくれましたよね。これからの先生を見たいです。」
この言葉は、今でも忘れられません。自分の力不足を認めること。そして、それでも学び続けること。その大切さを教えていただいた出来事でした。
亡き母と恩師から教わったこと
母は美容師でした。68歳でこの世を去りましたが、仕事に真剣に向き合う人でした。
「終わったあとに、すごく喜んでくれるお客さんの笑顔が見たいから学ぶのよ!^^」
母は、私と弟に「嘘をついてはいけない。正直に生きなさい」と教えてくれました。嘘は自分を苦しめ、人との深いつながりを失わせる。たとえその場を取り繕えても、本当の信頼は築けないという教えでした。
そして、恩師からも忘れられない言葉を受け取りました。
「正しいことをしなさい。せねば、60過ぎたら人生後悔するぞ。」
私は決めました。嘘をつかず、患者様の気持ちに向き合い、母と恩師の教えを胸に、納得できる施術を追求しようと。
そのために借金をして、全国各地で開かれているさまざまなセミナーに参加するようになりました。
しかし、疑問をぶつけても、納得できる説明が得られないことがありました。
- 「昔からやっている治療だから」
- 「よくなる人がいたから」
- 「偉い先生がやっている治療だから」
「では、よくなっていない人については、どう説明するのだろう?」
そう問いかけても、最後には「お前の腕が悪いんだ」と言われたり、無視されたりすることもありました。
本当に、患者様の悩みを改善するための方法は見つけられないのだろうか。私は、答えを探し続けました。
骨格模型から気づいた、身体全体のバランス
ある日、自宅にあった骨格模型をぼんやり眺めていたとき、ふと気づいたことがありました。
首の骨は、背骨の上にあり、背骨は骨盤の上につながっている。骨盤の傾きやバランスが変われば、その上にある背骨の並び方にも変化が生じる。
骨格模型の骨盤を動かしてみると、背骨もそれに合わせてバランスを取っていることに気づいたのです。
「そうか。私は、個々の関節ばかりを見ていたんだ」
それまでの私は、痛みが出ている部分や、それぞれの関節に目を向けていました。しかし、身体は一つひとつの部位が独立して働いているわけではありません。
骨盤、背骨、そして各関節。それぞれの状態や動きがつながり、身体全体のバランスをつくっています。
痛みがある場所だけに原因があるとは限らない。身体全体のバランスを確認し、関節同士の動きのつながりにも目を向けることが大切なのではないか。
この気づきをきっかけに、私の施術に対する考え方は大きく変わりました。
現場で試行錯誤を重ねるなかで、当院の「関節連動バランス・ゆがみ整体」へとつながっていきました。
現在も、痛みのある場所だけで判断せず、骨盤と背骨を中心に身体全体の状態や動きを確認することを大切にしています。
私が久が原整体院で大切にしていること
長年の腰痛、頭痛、膝の痛みなどで、仕事や家事、趣味を思うように楽しめない。そんな悩みを抱えている方に、身体の状態をきちんと確認し、何が考えられるのかをお伝えしたいと思っています。
もちろん、すべての痛みが同じ原因で起こるわけではありません。身体の状態も、一人ひとり異なります。
だからこそ、痛みのある部分だけを見るのではなく、身体全体のバランスや関節の動き、日常生活での身体の使い方にも目を向けていきます。
私が目指しているのは、ただその場の変化だけを追うことではありません。ご自身の身体について理解していただき、これからの生活を考えるための手助けをすることです。
私に期待してくださる患者様のために、これからも小さな光をともしていきたい。その思いは、整体の道に入った頃から変わっていません。
亡き母の教え、恩師の言葉、そして私を信じてくださった患者様の思い。そのすべてが、今の私の施術につながっています。
院長プロフィール|石山裕記の歩み
福島県会津若松市で育つ
石山裕記。福島県会津若松市出身です。
5歳の頃、父親に会津の湖へ連れて行かれ、「人は泳げるものだ!」と水の中に何度も投げられました。それ以来、足のつかない場所には恐怖心がありましたが、足がつくプールなら泳げると思い、水泳を始めました。
小学校ではバタフライの選手になりました。
中学校でも水泳を続けていましたが、活動するのは夏が中心。冬に家で過ごしていたところ、父親から「腰抜け」と叱られ、極真空手に入門することになりました。
道場には子どもがほとんどおらず、大人と組み手をすることもありました。厳しい経験を通して、世の中の理不尽さを知りました。
一方で、大人と練習していたこともあり、審査では飛び級。中学1年生のときには、中学生の部で福島県大会4位になりました。
ただ、もともと殴り合いが好きだったわけではありません。中学校を卒業すると、空手をやめました。
高校時代は音楽に夢中
高校では一転して音楽部に入り、バンドでギターやトランペットなどを演奏しました。
部長を務めていたため、頑張りすぎる部員のことで責任を問われ、職員室に何度も呼び出されることもありました。
プロゴルファーを目指して上京
大学に合格したものの、進学にはほとんど興味がありませんでした。親の反対を振り切り、友人が見つけた求人広告をきっかけに、東京のゴルフ練習場へ入りました。
練習を続けるうちに、プロゴルファーになりたいと思うようになりました。埼玉県のゴルフ場を紹介してもらい、練習生として働き始めました。
月給9万円の生活。朝5時に起き、午前6時から午前中はキャディーやコース管理の仕事をし、午後1時から夜11時まで練習する毎日でした。
しかし、独自の間違った練習方法が原因で肩を痛め、プロゴルファーの夢を断念せざるを得なくなりました。
一度故郷に戻り、3か月後、再び東京へ向かいました。
21歳、6万円を手に再び東京へ
21歳のとき、住む場所も決めず、手元にあった6万円を持って再び上京しました。
友人の家を転々としながら、さまざまな日雇いアルバイトをしました。何をすればよいのかわからず、悩む日々でした。
自分自身が肩の故障で苦しんだ経験から、身体の痛みで悩んでいる人の力になれないだろうか。そう考え、当時始めた整体の道へ進みました。
整体の学校に通いながら現場で働き、施術の技術を身につけることに夢中になりました。
整体の仕事と、厳しい修業の日々
有名な整体の先生のもとで、給料をもらわずに働いたこともありました。半年ほどたって指名してくださるお客様が増えましたが、蓄えが底をつき、そのことを先生に伝えると、仕事を辞めることになりました。
それでも、そこで学んだことは多く、整体学校では応用実技のインストラクターに抜擢されました。
夕方から学校へ通い、夜は整体院で一晩中働き、昼過ぎには整体学校で教える。平均睡眠時間は4時間ほどという生活を、何とか3年間続けました。
雇われている立場では、自分が正しいと思うことを十分に実践できない。そう考えるようになり、自分の整体院を開業することを決意しました。
2008年10月、久が原で開業
2008年10月。リーマンショックの真っただ中に、久が原整骨院を開院しました。
それが、現在の久が原整体院につながっています。
これまでの挫折や試行錯誤、母や恩師からの教え、そして患者様からいただいた言葉を忘れず、身体全体のバランスを大切にした施術を追求し続けています。
久が原整体院の施術について
当院では、痛みのある場所だけでなく、骨盤と背骨を中心に身体全体のバランスや関節の動きを確認します。
例えば、腕や手首に痛みがある場合でも、まず腕の状態を確認し、姿勢や身体の硬さ、骨格全体のバランスなども考慮します。
私の考え方を木に例えるなら、腕は枝、背骨は木の幹、骨盤は土台のようなものです。枝だけを見るのではなく、幹や土台にも目を向ける。そうした視点を大切にしています。
ただし、身体の状態や痛みの原因は人によって異なります。まずは現在の状態を確認し、整体で対応できる範囲について説明することを心がけています。
身体の痛みでお悩みの方へ
長く続く腰痛、肩こり、頭痛、膝の痛みなどで、日常生活に不便を感じていませんか?
「どこに相談したらよいのかわからない」「今受けている施術でよいのだろうか」と迷っている方も、まずはご自身の身体の状態を知ることから始めてみてください。
久が原整体院では、身体全体のバランスや動きを確認しながら、現在の状態と施術方針をお伝えします。





